華僑のルーツ

華僑が日本に来たルーツといえば、日本が開国した140年前に遡る。

イギリスやアメリカの商人が商売しようと思ったときに通訳が必要となる。そこで英語も話せ、漢文で日本人とコミュニケーションをとれる中国人が同行したのだ。

外国商館と契約していた中国商人が独立するようになって、日本産の海産物を香港や上海に輸出する貿易商を営む者が多かった。

しかし、華僑は商業だけではなく技術を日本に伝えたという側面がある。料理店、裁縫店、印刷店。さらには横浜ではピアノを作る者もいた。

日本が不平等条約を撤廃するのに成功した(治外法権を撤廃し関税自主権を認められるようになった)ため、外国人を居留地にとどめておく必要がなくなった。

居留地撤廃になると内地雑居ということになる。これが大問題となり論争を呼んだのだが、日本は日清戦争に勝利しており内地雑居を認める根拠が無かった。

日本は自国の経済を守るため、内地雑居地では第一次産業に従事することができないという規定を決定した。

内居地で農業・鉱業は営めない。さらに関東大震災や日中戦争で規定が進み、華僑が営める職業は料理屋・散髪屋・裁縫屋に限定されるようになった。